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「保育」のお役立ちコラム

他の子どもと何かが違う(9月)

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他の子どもと何かが違う


 人には、誰にでも苦手なことがあるものです。
しかし、それが著しく社会から逸脱していると思われることには、時として放ってはおけないこともあります。例えば、すぐに作業に飽きて注意を持続できない。待つことができない。考える前に行動に出てしまう。体を動かしてたえずせかせか走り回っている。すぐに手を出す。友達と上手に遊べない。このような「いけないことと分かっていても、衝動的な行動をとってしまう」子どもが、集団の中で生活することがどんなに困難であるか。


 今でこそ幼児期の衝動的な行動が、注意欠陥/多動症障害(以下文中ではADHDと記します)と呼ばれる発達障害の一種であることは、多くの方々がご存知かと思います。しかし、今から14~15年前の頃は、専門家を除けばADHDなどという言葉を聞いたことがあるという人なんてほとんどいなかったのではないでしょうか。


 2000年の春。A君が5歳児クラスに入園してきたその日から私達の闘いは始まりました。
あれから十数年経った今でも保育の現場では、手に負えないほど子どもが衝動的でありどう付き合ったら良いか悩み苦しんでいる保育士さんがたくさんいると思います。そんな先生方に「みんな一緒だ」と少し安心して、肩の力を抜いて子どもに向き合って頂けるヒントになってくれればうれしいです。


全面受容に徹した例
A君、年長児(25名の子ども集団、内2名の自閉症児を含む)

4月
すべての設定を拒否し、園庭の固定遊具で一人遊ぶ。給食時だけ入室し好きなものだけ食べ、あとは「いらない」と言って外へ行く。食事の時間は5分程度。大人が入室を強要すると「帰る」と言う。目に余る行為を注意すると勝手に門扉を開けて家に帰ろうとする。大人に連れ戻されるたびに「もう、こんな園、辞めてやる」と言う。


5月
散歩に行くのも一人勝手に歩き、友達と手を繋いで歩こうとしない。友達を意識し始めるが自分の思いがうまく伝えられず手が出てしまう。遊びたいが上手く遊べないという状況が続く。


6月
少しずつ友達と一諸にいたいという思いが育ち入室する回数が増える。設定場面にも参加をするがすぐに飽きてしまい外へ出て行くことを繰り返す。後半大人がそばにいることで落ち着いて設定に取り組むことができるようになる。飽きてくると友達の邪魔をしたり大声を出したりすることが見られる。


7月
園生活にも慣れその流れの中で生活しようとする。注意をされても「園を辞める」という言葉を聞かなくなる。しかし、昨日我慢できたから今日も我慢ができるという保障はない。


8月
好きな友達の名前を呼び、遊ぼうと誘うものの思い通りに事が運ばないと怒りだし友達に合わすことが難しい。


A君が落ち着いていくまでの道筋
 4月は二人担任でスタ-トしたクラスでしたが、A君の対応に追われる毎日に、クラスが落ち着かなくなってしまいました。そこで、A君には個別に大人を配置することにし、A君の対応は、フリ-である私が加配に付きました。6月より毎日30分間別室で、半年間A君と対一の関係を大切にしながら、絵本を読み聞かせたり、体遊びを中心に関わりを深めて行く事で信頼関係が築けると、「絵本を一緒に読もう」とA君の方から大人を求めて来るようになりました。


 まだこの時期は、A君がADHD児であるということが分かっていたわけではありません。何をどうしてあげたらA君が落ち着けるのか。A君の行動を観察しながらA君の好きなこと、できることを探していくことを大事にしました。そして、できるだけ制止・禁止・強制をせず、まずA君を認めることを何よりも優先させました。こうして二人の間では、落ち着いた時間を過ごすことができるようになったA君ですが、クラスに戻るといつの間にか他児を押し、その拍子にガラス窓が割れて他児が怪我をしてしまったりと、つい思わずやってしまう衝動的な行動が相変わらず続いていました。


保護者の不満
 A君に押された拍子にバランスを崩した子どもが窓ガラスに体当たりしてしまったことは後に保護者会が動くほど大きな問題になってしまいました。よくある子供同士のけんかで物を取り合ったりしていたことが原因ではなかっただけに、保護者の方々からは、「何もしていない子どもに危害を与えることを放っておくのか」と厳しい意見も出ました。確かにふいのことで周囲の者には、何があったのか原因が分からないことがA君の行動にはよくありました。また、他の子と何かが違うとは思っていましたが、その何かを個人情報ということもあり十分に保護者の方々に説明ができず途方にくれていた時期でした。


分からないことは専門機関へ
 何かが違う。その何かが何であるかを知って行くことがA君を救う近道と思い、A君の父と早速、面談をとりましたが「仕事で忙しい」と父は、専門機関の受診には積極的ではありませんでした。数回にわたる父との面談で、ようやくこぎつけた療育センタ-への受信ではありましたが、「先生が付いて来てくれるなら」と父は条件付きで受診を承諾しました。こんなことができるものなのかとセンタ-に問い合わせをしましたところ、保護者が望んでいるのであればと許可をもらうことができました。


初回の受診
 Drとの問診で父が発した言葉は「自分の小さい時もこんなだったらしいです」とまったく心配している様子が見られませんでした。挙句に園が勧めるので来たと言わんばかりのことを言っていた父でした。その後、父は退室し、Drとの面談の中でA君は検査結果と行動観察からADHDの問題が予想されると説明されました。この時、初めてADHDということばを聞かされた私は、なんのことかまったく理解できませんでした。そこで、園での対応に困惑していること。A君のさまざまな行動に対処しきれていないことに保護者からの不満が絶えないことを相談しましたところ、Drが一冊の本を貸してくださいました。この本が後にどんなに役立ったかはこの後ご理解頂けることと思います。


支援のポイント
(タイムアウト)
 A君との信頼関係が深まるとこちらの指示を受け入れてくれるようになりました。そこでA君が絶対にやってはいけないこととして「友達を叩かないこと」をル-ルに決めました。このル-ルが守れなかった時は、決められた<タイムアウト・スポット>で静かにじっとしていなければなりません。


 タイムアウト・スポットは職員の更衣室と決め、A君は砂時計の3分計を手に持ち入室します。扉の前では私も3分計を持ち待機しています。安全面の配慮です。砂時計の砂が全部落ちましたらタイムアウトが終わり、おとなしくなったA君が戻ってきましたら、態度が良くなったことを褒めてあげます。


(毎日、その日の行動を振り返る)
 一日の終わりに、A君とその日の一日のできばえがどうだったか。タイムスポットに行かなかった日はシ-ルを貼ってその日その日の調子の良し悪しにきづかせます。このような行動療法は、実に地道で大変な作業でしたがA君の行動を振り返ってもらうには有効な方法でした。


(友達関係)
 子どもが友達と仲良く遊ぶには、いろいろな力が必要です。A君は順番を待つことのできる力、ひとりじめしたくても我慢する力、その場のル-ルを守る力がなかなか育ちません。そこで、大人が手を貸して友達づくりを助けてやるために、友達と遊ぶ機会をお膳立てしたり、時には「順番」とか「がまん」などその場にあった言葉がけをしてA君の行動をコントロ-ルしました。


 入園当初は、A君とどのように付き合えば良いのかまったく見当もつきませんでしたが、とにかくA君を受け入れよう、そこからまた何かが始まるような気がしました。たった一年の付き合いでしたが、A君がなぜこんな行動をするのか理由が分かるようになりました。そして、A君はどれくらいのことができて、無理なことがなんであるかということも分かりました。


 もちろん専門機関との相談が不可欠であったことは言うまでもありません。
ADHDの特徴とも言える性質を理解し、信頼できる大人にADHDの症状をうまくコントロ-ルしてもらいながら良い面を伸ばし、実力を発揮させてやる機会を与えてあげることでA君はすっかり落ち着き、3学期に行われましたお遊戯会では、15分あまりの劇の中で自分の出番を声も出さずになんとか待つことができました。そして、3月の卒園式では45分もの間、一度も席を立つこともなく立派に卒園生として巣立って行くことができました。


 その後、A君は順調に成長することができたのか気になるところですが、残念ながら決して幸せではありませんでした。卒園と共に専門機関とのつながりは立ち切れになり、小・中学校共に通うA君について聞こえて来る噂には、良い話しはありませんでした。複雑な家庭環境の中でA君が学校生活を送るには、一般学級はかなりハードルが高かったのではないかと想像します。


 ADHDの子は環境の影響が大きいと言われます。小学校に入学するA君について家庭と学校の間ではこまめな、しかも良質なコミュニケ-ションが欠かせないところでしたが、保育園のように25人を三人体制で運営する環境と比べますと、学校という大きな集団の中では、教師一人がA君父子を丸抱えすることは不可能に近く、先生を責めるのは酷というものです。


 
 もし十数年前に今のように幼保小が連携できていたならば、関係者同士が職種を超えてA君について話し合う機会を持つことができたでしょう。そして、A君にとって学校を辛いばかりの場所にしないための努力ができたのではと思うと、「そういう時代ではなかった」の一言で片付けられない複雑な思いがします。


最後に
Drからお借りしました本にこんなことが書いてありました。
私はこれを心のバイブルと思い常に心に留めておきたいことの一つと思っています。
参考程度に書かせて頂きます。

ADHDのある子どもは、次の四つの条件を兼ね備えた先生のもとで成功する
〇ADHDという障害がどんなものなのかよく理解している先生
〇子供が苦労していることを認めてくれる先生
〇障害に合わせて子どもを変えようとするのではなく子どものニ-ズに合わせて環境条件を変えてくれる先生
〇親の参加を歓迎する先生

ADHDを持つ子どもにとっての<よい先生>とは
〇愛情にあふれ子供を励ましてくれる先生
〇子どもがよいことをしていたら見逃さずにほめる先生
〇失敗しても笑い者にされない、安心して試行錯誤できる教室運営をしてくれる先生
〇子どもが悪いことをしても冷静さを失わない先生
〇挑発にのらない先生




田倉 輝子 先生

(たくら てるこ 先生)
 
森幼児園 主任保育士

【経歴】
・横浜私立 青葉幼稚園
・池田市立 社会福祉施設 やまばと学園
・横浜市 認可保育所 森幼児園
・公益社団法人 神奈川学習障害教育研究協会 会員

障害児保育に携わること30年。
療育センターでの経験を活かし、森幼児園では統合保育を実践されております。


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2013.09.01
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