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「保育」のお役立ちコラム

それぞれの立場での役割分担 (7月)

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それぞれの立場での役割分担


 このケ-スは、専門家への相談に消極的な親にそれを勧めるには、親に子どもを正しく見つめてもらい、理解してもらわなければなりません。そのためには普段から心の通いあう関係を保育者の努力と知恵で成立させておく必要があることを痛感したケースです。


集団生活の中でのA君


1歳児クラス
○一点を見て同じ場所をぐるぐる回ったり埃を目で追い喜ぶ
○体遊びや手遊びをしてもらうことを喜ぶ
○表出言語はないが電話が鳴ると指さして担当の顔を見たりする
○友達と手を繋ぐことを嫌がる


2歳児クラス
○滑り台の上からボ-ルを転がし、担当が受け止める遊びを繰り返し楽しむことができる
○担当の存在がはっきり分かり好きな遊びに誘おうとする
○やりたいことを中断させられたり注意されたりすると、自分の頭を床やテ-ブルにぶつけその場を離れようとする


3歳児クラス
○自由遊びは一人でいることが多いが、設定あそびではクラスの仲間と過ごすことができるようになる
○運動会のリレ-では他児からバトンをもらうことを拒否するが、担当が伴走しながら練習を重ねるうちに楽しむようになる
○苦手なことでも次に「~するからがんばろう」と本児の好きなことが待っていることを伝えると、担当の声掛けに期待をしながら頑張ろうとする


担当の思い(ケ-ス会議の資料より抜粋)




 


 こうして3年間に渡り専門機関への橋渡しをしようとそれぞれの担当が母親との話し合いを重ねるが距離を縮めることは難しいことでした。
一方、日々の保育の中では、人との関わりが難しいA君とは個別の時間を作り、A君と担当と対一の関係の中でA君が楽しいと思える遊びが十分にできるように配慮してきました。


個別の時間
 人との関わりが難しいA君にとって、個別の時間はしっかり担当を意識できる貴重な時間でした。
しかし、A君だけと遊ぶ時間をたった15分~20分作り出すのも容易なことではありませんでしたが、
他児が午睡時の準備をする間に担当とA君が別室でA君の好きな遊びを楽しむ時間を設定しました。
当然のことですがこれは、他クラスの職員の応援がなければできないことであり、職員全体がA君にとって個別の時間が大切であることを共通認識する必要がありました。


やっと繋げた専門機関・母の求める専門機関とは?
 担当がA君との関わりを深めながら母との関係を築いて行くにはかなりハ-ドなケ-スであると判断をし、母親対応は私が引き受け役割を分担しました。入園から2年が経ち、母はようやく地域のセンタ-に足を運ぶ気持ちになってくれました。


 
 しかし半年後、センタ-で行われました発達検査の結果に納得が行かなかった母は、突然センタ-を拒否しS病院の受診を決めました。S病院でA君は自閉症ではないと診断されたことにかすかな望みを持った母は、病院から紹介された個別の療育の専門家がいるS教育研究所に通う道を選びました。以後、S教育研究所でのA君のプレ-セラピ-が毎週1回、母の育児相談が月に1回スタ-トすることになりました。


行き場のない母
 やっと母の心の拠り所にできると思われたS教育研究所に通い始めて半年後、母の育児相談は、A君の様子を教えてもらえる場ではなかったようです。高額な相談料を支払うことに疑問を感じた母は、突然育児相談をやめてしまいましたがA君のプレ-セラピ-には引き続き通うことにしました。


再びS病院に戻った母
 育児相談のできる場所を失った母は、再びS病院を訪れ以後3か月に一度の病院での育児相談が始まりました。こうして専門機関を渡り歩く母ではありますが、何としてでもA君にとってより専門的な療育を受けさせたいと思う母親の切なる思いがここにはありました。


近くなった母との距離
 A君が入園し3年目を迎えたある日、思い切って母にA君の通うS教育研究所が見学を許可してくれるならば私も一緒に同行させて欲しい旨を相談してみました。驚いた様子の母ではありましたが「わざわざAのことで申し訳ありません」と言ってもらうことができました。
S教育研究所に同行した帰り道、母が「私もずいぶん落ち込んで悩んだんです。いつになったら話しができるようになるんだろうと主人に話しをしたら『いいじゃないか、話しをしないぶん憎まれ口を言われないと思えば』こう主人が言ったのです。その時私は、ああこういう考えもあるんだなと思いました」と言う母のことばの中に言い知れぬ悩みを感じ取ることができました。


母からの相談
 S教育研究所に同行して以来、母の態度にも少しずつ変化が見られました。ある日、A君の発音不明瞭なことばを他児が真似をしていたのを偶然聞いてしまった母は、私の下を訪れ
「Aが人に冷やかされるなんて考えてもいなかったし、私が一番気にしていることなので辛かった」
「私がこんな時どんなことばを言ったら良かったのかなと思ったんです。これからこんな事がだんだん出てくるのですね」と母の胸の内を明かしてくれました。


 こうして母が自ら「先生、ちょっとお時間いいですか?」と声をかけてもらうまでに3年の月日が経っていました。以後、母の相談場所となったS病院へ行くための事前の話し合いを母自ら希望され、3か月に一度A君の園での様子、他児との関係、今後の課題などを話し合う時間を持つことができるようになりました。


途切れたままの療育センタ-
 A君が自閉症と診断されたことでセンタ-を信用していないという母は、発達検査のやり方もS病院ではA君のペ-スで進めてくれA君のできることがたくさんあった。はっきり言ってセンタ-は何もしてくれるわけでもない。プレ-セラピ-もやってくれない。などと、今まで決してセンタ-の話しをしなかった母の不満を聞くことができました。


 しかし、決してセンタ-のやり方が間違っているとは思えません。そこで私は、あえてそのことには触れず「A君ができることが多かったS病院のやり方がお母さんには良かったんだね」と母の思いを受け止めた上で、A君が地域で相談できる窓口もあった方が良いのではと提案させてもらいますと「行くぐらい行きますよ」と少し前向きな返事をしてくれました。こうして母は、途絶えていました地域の療育センタ-には1年半ぶりに足を運んでくれることになりましたが、すでにA君は年中児に成長していました。


このケ-スで学んだこと
 A君と過ごしてきた3年間は、言い換えれば母親と過ごした3年間とも言えます。
しかし、この3年間を担当も含めて親対応の難しさを痛感しながらも「共に歩む」「待つ」「聴く」を大切にすると共に、園全体で一つのケ-スに取り組む姿勢があったからこそ担当も私もより良い方向を導き出すことができたと思っています。個別の時間なんて到底無理と考える前にやってみようとする一歩が大事なことでした。


 その後、A君は年中、年長と穏やかな園生活を送ることができ今では高校生に成長しています。その後A君にはっきりした診断名がついたか否かは分かりません。しかし、たとえどんな結果が出ていようと、A君の誕生からずっとこの母子の支えになっているのは「お父さん」であることは確かなことなのです。前記に少し紹介しました「いいじゃないか話しをしないぶん憎まれ口を言われないと思えば」の優しさ溢れる父の一言こそが母を支えA君の人生の道標になっているのです。何度も行き場を失った母が孤立しなかった最後の砦はやはり「家族」だったのです。




田倉 輝子 先生

(たくら てるこ 先生)
 
森幼児園 主任保育士

【経歴】
・横浜私立 青葉幼稚園
・池田市立 社会福祉施設 やまばと学園
・横浜市 認可保育所 森幼児園
・公益社団法人 神奈川学習障害教育研究協会 会員

障害児保育に携わること30年。
療育センターでの経験を活かし、森幼児園では統合保育を実践されております。



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2013.07.01
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